2018年12月10日

なぜパック野菜?ー環境を守るということは野菜を選ばないということ

           
■■「選ばない」という選択のススメー自然のレジリエンスの一部になろう■■
             山本奈美(京都府京北町有機農家)

「環境を守るということは野菜を選ばないということ」ということばに少し追加させてください。

私は今、「パック野菜」という食のあり方に注目しています。

「私はアオムシとちゃうっ」と言いたくなるほど毎週毎週届く菜っ葉類。

夏には「キリギリスじゃないっ」と言いたくなるほど届くきゅうり・・・

大きさも形もいろいろ。虫と「分けっこ」する必要もあるかもー

「パック野菜」は、人間の都合ではなく、「畑の都合」に左右される食のあり方です。

7月パック野菜
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1月パック野菜
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「野菜を選ばない」ということは、「誰かが私のために選んでくれている」ということ。その「誰か」とは誰なんでしょ?

安全農産供給センタースタッフ?ーいえいえ、彼らも「きゃー菜っ葉がこんなに(>_<)」と叫びながら、パック数を数えてだいたい等分になるように分け分けしているだけ、なはず。

安全農産供給センターの朝の光景
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では、生産者さん?ーいえいえ、彼ら・彼女らは土をつくり畝を立てて種を播いて野菜のお世話をされてきましたが、実る、実らないまではコントロール不可能です。

見事な少量多品目の畑
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もちろん、農家さん(特に有機農家さん)は、「適期適作」、季節に合った野菜を育てます。だって季節外にトマトや茄子を育てても実らないからです。

これは、農家さんが野菜を選んでいるように見えますが、実は発想を転換するとそうではありません。自然が「播いてもいいよ」とGOサインくれた野菜を育てているー自然が決めて、農家さんは自然のご機嫌を伺いながらお世話をしている、と言った方がいいかもしれません。

「篤農家さん」とは、その経験と知識から、自然の声を逃さずキャッチし、適した行動を実践することに長けている方だと思っています。

そこで最初の問いです。今日、パック野菜で届いた野菜を「私・あなたに選んでくれた」のは、誰でしょう?
私は、「自然」が私・あなたのために選んでくれている、と考えています。

暑い日が続いたら水分たっぷり蓄えた夏野菜を「選んで」くれる。
寒い日が続いたら、「免疫つけてね」と栄養たっぷりな冬野菜を「選んで」くれる。
菜っ葉どっさりなのは、そう、あなたとご家族の今週の食卓に必要だから!

必要としているのは、私やあなたのカラダだけではありません。環境が、その土が、その地域が、その野菜がそのときそこで育つことを必要としているのです。

ご存知の方も多いとは思いますが、土に生えてくる「雑草」は、その土が必要としている養分を供給してくれる雑草です。酸性土だとスギナが繁殖しますが、スギナたくさんミネラルを補給するともうスギナは生えない。次の「必要な草にバトンタッチ」されます。

野菜にもそんな役割があるのではと思っています。

もちろん、現場で選別をして配送され供給される、という現実はあります。農家さんが代々、気候に適した野菜の種をつないできたからこそ存在する野菜もたくさんあります。

でも、「あまりにもおいしいからつい種を保存した」という農家さんがいたりするように、農家さんがそう「したくなった」のも、自然がそう仕向けているのでは、と想像してみるのです。

「この野菜をこの農家に育てさせるとしよう。そうすれば、あの虫も生きていけるしな。街に住むあの家族もこの家族も最近この栄養が不足しとるしな。ウッシッシ。まんまとはまりよったわ」なんて言ってるんじゃないか。と考えると、なんだか楽しい。

実はこれ、「自然のレジリエンス(回復力/復元力)」とも言えます。自然は常に、人間やその他の「介入」を受けて影響を受けてきました。それでも、ある一定程度の介入なら、回復する力を持っています。それをレジリエンスといいます。

大規模で工業化された食と農が地球を破壊してしまうのではないかーそんな危機感を持った自然のレジリエンスともいえる行動のひとつが、「私たちに野菜を食べさせる」ことだと思えるのです。

そんな壮大でアンビシャスなプロジェクトを実施する自然が、緻密な計算のもと「選んでくれた」野菜が、有機農家さんの畑で実っている野菜たち。

パック野菜とは、そんな野菜が、毎週、私やあなたの食卓に届くことであり、それを食す私やあなたは、自然のレジリエンスの一部です。

「選んでもない野菜を食べるのはイヤ」「野菜や食べものは選びたい」と思っている方も多いのは事実です。
ただ、スーパーなどで食材を「選んでいる」つもりでも、「誰かが選んだ選択肢」の中から選んでいるに過ぎません。

しかもその「選択肢」の選択基準は、食べる私たちの健康でも、私たちや子どもたちが暮らす環境でも、子どもたちの未来のためでもないことが多いことは、様々な食と農の研究者やアクティビストが指摘するところ。

安全農産供給センター社屋
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もちろん、スーパーを敵視しているわけでも、スーパーの役割を否定するわけでもありませんし、スーパーの取扱品をより「自然のレジリエンス」に沿った食材に変えていくことは大事なことだと思っています。そして、スーパーで手に取って野菜を選びたい、という方にとっても、「選んでいるつもりが実は自然のレジリエンス計画の一部で、私は自然の罠にはまって選ばされていた」というような世の中にしていく必要があると思っています。

届いた野菜を目の前にして献立を考えることー慣れない人には難しいですが、慣れると簡単です(多分)。

コツや知恵は失敗を繰り返して、少しずつ身についていきます(漬物スキルゼロだったこの私でもちょっとずつ身についてます)。

おもしろいことに、人は、経験や知恵を蓄積し、共有することによって満足感、幸福感、安心感を覚えます。

漬物クィーンと呼ばせていただきたいようなベテラン会員さんから、「もう、最初にたくあん作ったときは大失敗。まずくてまずくて。一人で泣きながら食べたわ」と聞いたとき、「あ、私失敗したけど、もう一度やってみようかな」と思えるのです。もしかしてこの気持ちも、自然のなせるワザ、かもしれません。

ぬか漬け
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大根を仕込む
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私たち人間も、自然という大きな手のひらの上でころがされている悟空のようなもので、今日の漬物の失敗も、明日の成功も、そんな自然の壮大なレジリエンスプロジェクトの一部じゃないのかなーそう思うと、なんだか気が楽になりワクワクします。

そしてその壮大なプロジェクトの先に、未来世代の子どもたちが誰も搾取したりされたりすることなく、幸せに暮らす社会の実現があるはずーそう思うからこそ、野菜を「選ばない選択」をオススメしたいと思っています。


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山本奈美さん
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posted by 使い捨て時代を考える会/安全農産供給センター at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 事務所
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