2015年06月22日

社会運動(インスクリプト)5月号の表紙が会事務所屋上「星降る畑」に!

少し報告が遅くなりましたが、報告です。

『社会運動』5月号の表紙が使い捨て時代を考える会の屋上菜園となりました!


CDI8lUeWYAEomhK.png

他にも会事務所に併設されている安全農産供給センターのアンテナショップふっとの紹介や

ふっと写真.jpg


会事務所に置かれた、長野の小松さんのリンゴが!

会事務所写真2.jpg

内容的にも、使い捨て時代を考える会/安全農産供給センターが全面的にフューチャーされています!

ぜひお求めください。会事務所だと割引き価格です!(通常760円)


もちろん、四条のJUNK堂3階の人文コーナーでも買えます。
発売元のインスクリプトは、人文書販売でもっとも注目されているところです

http://www.inscript.co.jp/

JUNK堂での販売.jpg

ぜひお買い求めください!





posted by 使い捨て時代を考える会 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 事務所

2015年06月16日

「アラヤシキの住人たち」本橋成一監督インタビュー内容

 5月23日、大阪は十三の第七藝術劇場(七藝)にて、4月フォーラムでも試写させていただいた長野県小谷村の真木共働学舎の暮らしを追ったドキュメンタリー映画「アラヤシキの住人たち」監督の本橋成一さんに、インタビューしてきました。
 映画はこの日が初日(7月3日まで)で、それに併せて本橋さんの舞台挨拶やトークショーもありました。七藝は知る人ぞ知る、こだわりの映画を上映する貴重な存在のミニシアターで、それ故にお客がまばらなときもあるのですが、この日は大入り満員で立ち見も出たそうです。
 映画上映中の1時間ほどのお時間をいただき、「アラヤシキの住人たち」にまつわるお話や、本橋さんが普段感じておられることなどお聞きすることができました。少しもえらぶったところがなく、優しいお父さんのような方でした。(京都シネマでも上映予定/日程未定)    

DSCF5310.JPG

 
本橋監督インタビュー

DSCF5320.JPG

 この映画にはいろんな人が登場します。
 例えば、早口でなにを言っているのかわからない言葉でしゃべるエノさん、彼は矢沢永吉の「時間よとまれ」が好きでね(笑)、よく歌ってます(笑)。彼の歌う「時間よとまれ」を映画のエンディングテーマにしました。

エノさん.jpg

 真木にはぼくらの時間と違う時間が流れています。もっとも彼らもスマホは使うし、電気も通っているのだけれどね(笑)。それでも行く度に、なにか違う時間が流れている、と感じます。
エノさんは30年近くあのアラヤシキ(新屋敷)のある長野県小谷村の集落で暮らしています。ここに年に4〜5回、女子大生が研修に来るのだけれど、2週間近くいると、最後に学生が言うのです。
「エノさんの言葉が半分分かるようになりました」って。
 ぼくはね、これがとっても大事なことだと思います。こういう言葉は嫌いだけど「障がいのある人」に、みんなどうしても言葉を教えようとするじゃないですか。例えば、「あ」はこういう風に発音するんだよ、正しくはこういうふうに言うんだよって。けれどそうじゃないのじゃないか。まず相手を分かろうとすること。これがとっても大事なのではないでしょうか。
「いろいろな人間が世の中にいるにいる。競争じゃなくて協同が大事」
言うのは簡単です。けど、「おい兄弟」なんて肩組み合ったり、おれたちゃ同じ仲間だぜ、なんて無理に言っているから、かえって争いが起こるのではないでしょうか。夫婦や恋人同士だって、最初は楽しいけど些細なことでケンカをしますよね。相手が大切にしていること、好きなこと、嫌いなことを分からないけれど認め合う、そうしないからケンカになる。
 共働学舎の原点というのはこの「認め合う」ということです。共働学舎は全国に5か所あって、ぼくの中学・高校の時の恩師、宮嶋眞一郎先生が1974年に作りました。映画の舞台になったこのアラヤシキのある小谷村・真木もその一つです。
先生の講演集にこんな言葉がありました。
「あなたという人は地球始まって以来、絶対いなかったはずです。あなたという人は地球が滅びるまで出てこないはずなんです。わたくしはそう思っています。」
 この言葉がアラヤシキ(新屋敷)にぴったりだと思ったのです。ぼくも「そうだオレという人間はオレ一人しかいないんだ」という気持ちになってきた。そして生きることを大切にしよう、と宮嶋先生の言葉が頭をぐるぐると回り出して、映画を撮り始めたというわけです。一年半で15回通いました。滞在期間は長い時で2週間、短い時で一週間(一回)。
 ぼくが小学校時代は、アラヤシキ(新屋敷)で出会ったおじさんたちみたいな人が町の中に沢山いたような気がするんです。よく怒られたり、笑われたりしました。 「世界は一つ、人類はみな兄弟」という有名なフレーズがありますね。TVやラジオで聞いた時は「うまいこと言うなあ」と思ったのです。けれど、今はそれはどうも違うのではないかと思うのです。 大切なことは、相手が大切にしている事を分かってあげると言うことではないでしょうか。
 だからぼくは「世界はたくさん、人類はみな他人」と言い始めました。アラヤシキ( 新屋敷)はそういう点で、理想郷であるなあと思う事すらあるのです。


(「アラヤシキ」背景)+++++++++++++++++++++
「アラヤシキの住人たち」の舞台は長野県小谷村(おたりむら)真木集落です。400年前から村はあった様で、40年前に廃村になり住人全員が村を降りました。
自由学園の教師だった宮嶋眞一郎さんを中心に共働学舎が設立され、世の中からはみでた出た人たちやそうでない人たち、いろんな人たち十数名が住んでいます。
ボランティア、OBたちが田植えなど、人出が必要な時には手伝いに訪れます。 年4回・5回女子大生がの研修の場として約3週間滞在したり、国際ボランティアの外国人も10人ぐらいやってきます。 集落に点在する茅葺き屋根の家の中で、彼らが共同生活を送る屋敷が新屋敷(アラヤシキ)。時間がゆったり過ぎてゆく、自然の時計が有って、都会とは違う時間の流れが有り、農業が中心で、種をまいたり、刈り取ったりする時間がそこに組み込まれて、ヤギや生き物たちの時間もあって、毎日が過ぎてゆきます。

アラヤシキ.jpg


 戦後、ぼくらの子どもの頃はモノが何もなかった。東京オリンピック、高度成長、豊かになるということが、ぼくは嬉しくて仕様がなかった。けれど、ぼくが写真の仕事を始めた頃に、ちょっと何か違うなと思うようになりました。確かにぼくらは新しいものを得ました。しかし、それと引き換えにもうひとつ本当に「豊かなもの」を切り捨てていったのではないでしょうか。今や新幹線ではなくリニアモーターの時代になってきた。なんでも効率、効率、経済、経済。
 若い人たちに言っているのだけれど、あなたたちの子どもが大人になった頃に、この社会は大変なことになっているんじゃないかなって。それはぼくたちの世代の責任でもあるのですが。ぼくも怠け者で、暖かい部屋とかが好きなのだけれど、ちょっとづつ意識の転換をし始めたほうがいいんじゃないかな。効率と競争社会から、協同する社会への転換を。

++++++++++++++++

以下は、インタビューに参加した3人の会員の感想です。

対談を終えて                           
(高槻市・N
私の子ども時代に厳然としてあった、何処までもひたすら歩くこと、あらゆるものを手作りし、人々
が協力しあって、子どもを育て、次世代に繋げる自然な生活のリズムが、「アラヤシキの住人たち」の
映像にあふれていました。
東京オリンピックを境に、「はやさと効率化」こそが尊ばれ、今までの生活はガラガラと崩れ去り、
モノは豊かに、生活は便利になりました。でも何か違う、何かおかしいと思いながら、私たち世代は年
を重ねて来た方が多いのではないでしょうか?!
今回の対談で、同じ世代の思いで、今も生きもの全てが、違いを認め合いながら心地よく暮らすアラ
ヤシキの住人たちの生活を新鮮な気持ちで受け止めながら、根気強く撮影されたことをお聞きし納得し
ました! 映像は静かで、美しく観る度に新しいメッセージの発見があるのではないでしょうか? い
ろいろな世代の方に鑑賞して頂きたいと願ってやみません。

 (高槻市・Y)
お目にかかるまでは少し緊張していましたが、本橋さんの気さくで温かいお人柄に触れ、リラックスしてお話をうかがうことができました。
 自然と共に生活をするということは、人間の力ではどうにもならないことも受け入れて、そのままに生きるということ。それは他者を認めて共存することとつながっている気がします。
 アラヤシキでの暮らしは、都市で暮らしている私たちにとっては不便と感じることも多いでしょうが、その分、喜びや楽しみも濃いのではないかと思いました。1本のコーラを飲むために、往復3時間歩くアラヤシキの住人…。子どもの頃の「なにかを楽しみにする気持ち」を思い出しました。
 本橋さんは「観た人のイマジネーションがふくらむような映画を作りたい」とおっしゃっていました。会事務所での試写会の後でみなさんと感想を語り合ったことや、このインタビューに参加させていただいたことで、さらにいろいろなことを考えることができました。貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。

 (高槻市・YS)

私は数年前に映画「ナージャの村」や「アレクセイと泉」を観て以来の本橋さんファンです。本橋さんの作風は、原発反対!とか声高には叫ばないけれど、事故後の人々の生活を淡々と描くことによって、観る人が感じ取ったり考えたりできるような深さがあると思います。
今回の「アラヤシキの住人たち」も、観た後に心に静かに沈殿していくものを感じました。本橋さんのお話をうかがうことで、私の中でそれがもっと豊かに育ったような気がします。
共働学舎は昨年創立40周年を迎えました。会やセンターが設立されたのと同時期です。私の周りには活動内容は異なりますが、40周年という節目を迎えたところが結構あって、つくづくその時代は勢いがあったのだなと感じます。
この映画を観ることで共働学舎のことがよくわかるわけではありません。映画で語られなかったところは写真絵本の「アラヤシキの住人たち」が補ってくれていますが、それでもやはりすべてがわかるわけではありません。しかし、これらをきっかけにして私たちは共働学舎を知り、その思想を知り、このような世界が現代を生きる私たちと同じとき、同じ日本に存在していることに驚き、憧れを抱くのです。
人をあるがままに受け止める…家族でもなかなかできません。でもみんながそのように心がけたら、平和な世界につながるのではないでしょうか。自然の中で生きることは、苦楽を共にすることで、お互いが大切な存在になっていくこと。少しくらい不便で、少しくらい物が足りない方が、人は幸せになれるのかもしれません。真木に一度行ってみたい、子どもたちにも真木の空気を吸わせてやりたいと思いました。

DSCF5350.JPG





posted by 使い捨て時代を考える会 at 16:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 事務所